26歳になって人生行き詰まった

en.wikipedia.org

 

7月23日に26歳の誕生日を迎えたのだが、要するに俺も20代後半ということになった

 

そのことについて思うことはない 単純に歳食ったんだな〜とか、年齢言う時に億劫だなあとか、そのくらい

 

これは2年前から明確に思い始めたんだけど、人生閉じた携帯獣のおっさんを見て「絶対にこうはなりたくないな」ってのが連続している(今もそう)

 

そんなわけで文章を書いたり絵を描いたりしてたんだけど、なぜか「俺もああいう終わってるおっさんになるのではないか」という不安が抜けない

 

いや、即物的にはうまくいってる noteも半年足らずでフォロワー100人集められたし、絵だって山なりじゃないにしろうまくなってる あとピアノでカービィ☆マーチも弾けるようになった あと食費も2万減らしたし、体重も7キロ落とした

 

でもさ〜 何をどう評価されても成長してもまとまりがつかない感覚が強くて、評価されるたびに自分の芯がブレる感覚がする

 

で、何者にもなれないって言ったら好きじゃない言い回しだけど、ライフワークとしてまとまりがつかないというか、またまとめるモチベーションが沸かないというか、とにかくそんな感じ

 

クォーターライフクライシスっていう「中年の危機」のアラサー版があって、要するにアイデンティティやキャリアへの不満が湧出して、「このままでいいのか」「これからどうなるのか」って迷う現象というか発達段階のひとつなんだけど、さっきまさにこれだなって自覚した

 

26歳になったことじたい、顕在意識ではどうでもいいと思ってるんだけど、無意識ではインパクトが強いものなのかもしれない たとえば正月って誰もストレスを受けているとか意識しないと思うんだけど、実際には骨折したくらいのストレスは受けるらしい 人間は変化を嫌う生き物だからなんだけど、それは必ずしも意識されるとは限らない

 

俺はインテリと生活保護受給者の子供だし、そもそも境遇に類似ケースがない だから自分とはなにか?というのは一貫して考えてるんだけど、それとは別レイヤーとして、外から見える自分としてのレイヤーで、自分とはなにか?って問いかけることが多くなった

 

当然ながら不愉快な現象ではあるから、どうにかこうにか芯を通そうと腐心していた 具体的に言うとしばらく文筆一本でやってみたり、逆にバランス型のルーティンを堅持したり

 

でもさ〜、どれもしっくりこないというか、やっぱり散らしてやってる以上はまとまりがつかなくて、外在的なアイデンティティにはならないんだよな。

 

じゃあ総合芸術 要するにボカロとかゲーム制作とかやろうかな?とか何度も考えたり実際にかいつまんだりするんだけど、モチベーションが湧かない

慣れてないことで工数を稼げる気がしないってのもそうだけれど、自分のスキルがちゃんとした水準に達してなくて、微妙にコンプレックスがある 画力とか、もっと高めたいなあってなって、たまにハードな練習をしたくなる。

 

ライフワークって実行できるキャパティシーっていうか、スロットが思ったより少ないじゃん

 

散らしてやってたら常に満杯だし、散らしてやってることに不満足とか揺らぎ、核心のなさとか芯のへにょりが目障りなばあい、そのスロットをいじくったりコンテンツをパージしたり、あるいはライブ感で唐突にまとまりのないことをしたりする(ハードな練習がまさにそう)

 

だからさ〜 嫌なんだよね なんか 自分の人生がコントローラブルではないというか、八方塞がりなところでとりあえず身になるとか、前進してる感覚になれるものでお茶を濁す

 

ずっとこのまま?って考えるといやだし、なにかアクションを起こそうにも起こす動機やメリットがそんなにないことに気づく、

 

じゃあどうすりゃいいのかって言うと、ライフワークのスロットを削ってキャパに余裕を作るのか?って言われるけど、損切りすることにそんなに意味を見いだせない、俺はそもそも芸術や興行、デザイン、人間以外のものにぜんぜん興味がないし、生活ってできれば排除したいとすら思っている

 

だから興味の赴くまま生きようとしたら創作をやるんだけど、ピントを合わせてコミットメントしたり、やるべきことにプライオリティをつけて実行し続けられない現状

 

嫌だね〜〜〜これ さっき書いた通り何もかもがそこそこうまくいってるしうまくなってるんだけど、中途半端にどれもこれもうまくいってるからこそ迷う感じ

年齢的な焦りはそんなにない(つもり)んだけど、上の人というより、下に見てる人と比較することが多くなった ケジュセンとかダメなワナビとかナルシストの大学生とか 俺もこいつらと同じにだけはなりたくねえなあって

 

いや〜〜〜23〜24、25前半のころには悩みが即物的なものしかなかったんだけど、まさかこんなにもでかい迷いが来るとは まとまりがつかないし、つけようとしても惑わずつけられる気がしないってのが主たる悩みなんだよね これどうすればいいんだろうね

スマブラVIPに行って感じたこと

・もともとforをちょっとやってたけど横回避スマッシュ連打するだけだった

・知り合いに上位勢が二人いた

・無職

 

気づき:VIPに入るのは難しくはない

スマメイトをがちがちにやりこんでいるオタクから体系的な情報やコーチングを受けたとはいえど、ひとつひとつ誤解を解いていけば何も難しいことではないと感じた。たとえばガーキャン行動は掴みがいちばんベターといううっすらとした誤解をしていたのだけれど、むしろあまり狙いたくない手段だった。

 

逆VIPにはそうした誤解を詰め込んだまま更に誤解を重ねていくプレイヤーが多く、状況的にはカチカチのうんこが詰まってるから更に奥のカチカチのうんこが出なくなっている感じだった。例えばシャゲミで崖待ちして延々と飛び道具を振ってるプレイヤーとか一定数いるのだが、あれは「紹介されてるパターン行動を戦術の全面として採用していい」という誤解を埋め込んだ結果、「画面を見ずに戦術を通していい」という誤解が重なってしまった結果だと思う。

 

そういうプレイヤーはずっと便秘のままウンコを出さないからずっと逆VIPなのだろうし、裏を返せば誤解に基づいた戦術への対処法を勉強すればいいわけで、いわば自分側の誤解を解いていけばカモの対象がアンロックされる。

 

もっとも本格的に初めて1ヶ月半くらいのプレイヤーの知識量や経験則なんてたかが知れてるし、一定水準未満のプレイヤーにしか通らないものが多いと思う。

 

ただ、逆に言うとその程度の付け焼き刃で戦闘力は上げられる。したがって意識できるやられ方への対処法をスピーディーに調べたり編み出したり聞いたり悟ったり重ねたりすることが重要だと思うし、結果的に付け焼き刃の知識・経験則そのものがアップグレードされると感じる。

PDCAサイクル」を高速に回す……と言い換えてもいいかもしれない。

 

なお、そのためにリプレイを見返したり過度な座学をする必要はあまりないと感じた。下手なうちは思い出すこと、見ること、考えること、そしてなによりも画面を見て指を動かすことで、その全てができるのが、がむしゃらな対戦とセルフフィードバックで間違いはない。

 

そうコーチングしてくれた上位勢の1人がいたから早めに対戦数を稼げたし、上達幅も良かったと思う。例えば赤ちゃんって言語能力がないから視ること、触ることで脳を発達させていくけれど、逆VIPの自分はスマブラの赤ちゃんだった。画面を見てコントローラーを触る。そうすることで手続き記憶が強化され、副次的に反省の掘り下げもしやすかったと思う。

 

VIPに入るのは難しくない。環境や立場が恵まれていたのもあるけれど、明確にそう感じた。色々言われてるけど、愉快なパーティーゲームとして雑にキャラ触って楽しんでる子供が多数派なわけで、ちゃんと学習を意識してプレイすればすんなりいける。初心者が言えることなんてこれくらいなので、このへんで。

フーセンガムはメディアでしか見ない

フーセンガムを膨らませてるキャラって一貫して人気なような気がする。ビジュがいいからね

 

でもフーセンガムっていまクソほど売れてないらしいし、実際に街で噛んでる人を見ない

 

ストリート文化の表象としてメディアで切り貼りされてる印象